今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」
台風も無事に通過し、こちらでは大きな被害は出なかった。気になってた表の引き戸が壊れることもなかった。でもこれは近いうちに壊れる気がする。言っておくが、うちの戸は簡単に破れる。鍵なんて飾りみたいなものだ。階段で足を滑らせたらそのまま板塀を突き破って、マンガのように外まで飛び出すだろう。
あんまり家のことディスるとオットに𠮟られるからやめとく。
さて、わたしのおじいちゃんはもうずいぶんと前に亡くなった。明治生まれだから仕方ないこと。わたしもすっかり老けたのだから。
前にも書いたことだけど、うちの家族はみんな虎ファンだった。でもわたしはそんなに夢中にもなれなかったし、どっちかいうと中立派、無所属。好きになった男子がジャイアンツだったりスワローズだったりしたから、その都度どこのファンにもなれた。
ただ、おじいちゃんだけは一本筋が通ってて、あの頃から赤ヘル軍団、カープファンだったのだ。広島とは何の縁もないけれど。
だいたい、みんなと同じことをするのが大嫌いな人だった。偏屈だったのかな。
婿養子だった父とはしょっちゅう喧嘩していて、その都度母が仲裁に入った。
たぶん母にとっては辛い現実だったのだろうが、子どもだったわたしはなんかその喧嘩がおもしろくって仕方なかった。レベルの違いが歴然だったから。おじいちゃんの名言「酒は飲んでも飲まれるな」ってのを今でも覚えてる。そう、飲まれちゃいかんよ。
おばあちゃんのことも書かんとあかんの?
おばあちゃんも当然いまはもういない。後妻さんで誰とも血が繋がっていなかった。
そのおばあちゃんのことも父はよく悪く言ってたけど、わたしは好きだった。膝の上で甘えられる人は唯一おばあちゃんだけだったから。
子どもの頃は(今と違って)家業がとても忙しくて、大人はだれもかまってくれない。ちょっと除け者っぽいおばあちゃんだけがやさしかった記憶がある。だからおばあちゃんが亡くなったときは、とてもさみしかった。ちょっと認知症のはじまってたおじいちゃんはボンヤリしてた。他の家族はなんか淡々としてて「いややな…」って思えた。
遙か遠くなってしまった昔の記憶。今はこう思うけど、その当時はまた違ってたのかもしれない。
今日は萩の花を見に行ってみた。こぼれるように咲くのは、まだもうちょっと先かな。
「梨木神社」
「常林寺」
通り抜けた京都御苑、どんぐりいっぱい落ちてた。